『ザ・ワーズ 盗まれた人生』解釈によって存在意義さえ変わってしまう。

『ザ・ワーズ 盗まれた人生』
The Words

IMDb 7.1
Rotten Tomatoes  22%
2012・米 ブライアン・クラグマン リー・スターンサール

あらすじ:掘り出し物の原稿を盗作したら、作者が現れました。
盗作にまつわる罪悪感や、盗作された側の苦悩。そういった用意されたテーマに見合う面白さはある。

しかし、文学が題材ではあるものの、全編が、読み語りの再現場面や思い出話という、ナレーション処理で話が進んでいくので、画的にはすこし退屈。

しかも実際起きていることは延々と話を聞く、そして次の話を聞く、同じことの繰り返し。

さらには深みを持たせようとしたのか、考えオチのような幕切れ。

ジェレミー・アイアンズの演技がひかるものの、あとはぼんやりした作品だ。

↓ネタバレ感想↓

ある小説家が新作を発表する。
小説はこんな内容だ。
小説家志望の青年が主人公。アンティークショップで鞄を買ったら小説の原稿が入っていた。自作の小説がボツ続きだった青年はそれを出版。文学賞をとる有名作家に。
すると、作者である老人が現れ、小説を書いた経緯を詳しく話す。作者は告発もしないといって、人生を盗んだのだから苦しみも背負えといって、数日後に亡くなる。秘密は秘密のままになった。

そして最初の小説家の場面にもどる。
数年後。盗作から作家本人に出会った話をフィクションとして発表。
発表会で出会った女性と作品について会話する。なぜ盗作した青年は罰せられないのか。案にあなたはなぜ罰せられないかと訊かれる。
主人公の答えは、これはフィクションだから、老人など存在しない。

どんでん返したいのか返したくないのか判断に困る。いわゆる解釈次第のオチにしたかったのかもしれないが、それもグレーというよりどうでもいい。

たとえば最後の引き金を引いたか引かないかといったピンポイントの選択の話ではない。
実話だとしたら、盗作して老人に出会った話は本当になる。
フィクションだとしたら、老人の存在がウソなのか、そもそも盗作がうそなのか、結局全部ウソなのかと思えてどうでもいい。
ラストに老人の存在はフィクションというセリフを入れられても困る。

どちらなんだろう、と考えてほしいのかもしれないけど、片側の選択肢の場合は、この映画そのものの存在が無意味になるので、選択肢を掲げるだけで白けてしまう。さいごの解釈まかせの展開で、なんだか映画全体がどうでもよく思えてしまった。

序盤はかなりいい部分が多かっただけに残念。
青年が盗作するのを決意するまでの丁寧な描写に感心していた。出版社のメール係になって、編集者には相手にされない。褒められても売れ線じゃないといわれる。若い後輩にメール係の研修をするむなしさ。そして、妻が件の原稿を読んで、すごいものを書いたと褒めちぎる。状況的、心情的に非常に納得がいった。

それに老人役のジェレミー・アイアンズの演技がよかったのだから、本当の話でないと感動のフェイントかけられたみたいで気持ちがわるい。
『つぐない』のようにフィクションならフィクションだと明言して、そのうえで創作した動機をしっかりと伝えてくれればそっちで感動できた。

感動できないウソ話か、感動しずらいブラフのどちらかだ。結果として、ぼんやりした映画になってしまった。

解釈次第というより、ただの放り投げ。序盤が悪くないとおもっていたけど、最後でトマトメーター22%も納得だ。

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