『君のまなざし』そりゃ新感覚だよ。成立しないんだもの。

『君のまなざし』

2017・日

赤羽博

IMDb

Filmarks 2.7

あらすじ : リゾートバイトで平安時代がヤバイ。

幸福の科学が映画館のポイント引換券を配布していたので、いくつか応募してみました。

今回は4枚頂き、せっかくなので1回だけ鑑賞。

この映画の感想を見てみると新感覚という言葉がちらほら出てくる。

で、実際に見てみると、確かに新感覚。今までになかった。なぜなら成立してないもの。

ジャンルがハイブリッドされいているように見えて、その実、ただの闇鍋状態。一本の映画に仕上げるには、あきらかに経験が足りていない。

シックス・センスなどシャマラン映画を参考にしたらしいけど、トンデモ度合いは本作のほうがはるかに上。

語るべき物語もぼやけているので集中力をそがれる。

トンデモ要素だけならまだしも、文法としてもとっ散らかっているのでフツーに出来が悪い。

賞味3人分の回想シーンが乱立し、それとは別に前世パートが差し挟まれて、そのうえ時系列をいじるトリックまでねじ込まれる。うまくない上に矛盾しているので飲み込めやしない。(やりたいことはわかるけど)

さらには演技、演出、すべてにおいてクオリティが低い。

アニメ演技の主人公、舞台演技のヒロイン、棒読みの親友。それらをまとめ上げるトレンディな演出。作り出される異次元の空気感。

そのカオスは本作一番の魅力と言えるかもしれない。何か所か爆笑できるポイントもあった。

しかし、お話が退屈なので中盤からの説明長台詞は普通に退屈。

みんないうけど『君の名は。』とはそれほど関係ないと思う。

というより、話がごちゃごちゃしすぎてて、他作品のエッセンスなんて気にならない。それを感じるほどちゃんとパクれてもいない。

それほど見る価値もないけれど、しいてあげるとするなら、大川隆法の教えを、息子の大川宏洋がどう表現しているかは興味深くもある。

そしてメインテーマは愛、とりわけ父子の愛が描かれている。父が原案を担当し、息子が脚本にして、それを父が製作総指揮で1本の映画となっているとみれば興味深くは見れる。(面白いとは言ってない)

表示に興味深い作品。(面白くはない)

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ネタバレ感想

途中から集中力が限界に達しているので、記憶違いが多いと思われます。

しかし、もう一度見ても確実に寝るだけなのでご勘弁を。

DVDが出たら3倍速で見直すかもしれません。

一息でお話を説明すると

一緒にバイトを始めた親友が死んでいたので、闇の門が開きかけて、巫女と一緒に平安時代の記憶をよみがえらせて門を閉じたら、実は溺れて入院中でバイト先に戻ったら親友が生きていた。

いわゆる1行で説明できない類。

ねちっこい。無駄に長い文章。

導入部はいかにもスピリチュアル映画でありがちな展開。主人公が死を意識する出来事。

主人公健太(梅崎快人)は、河でおぼれている少女を救う。しかし代わりに自分が流れにのまれて意識を失う。

河の場面でダイナミックな空撮が使われている。全編安っぽい画が多い本作だが、ドローン撮影によって不釣り合いなほど贅沢な画作りもできている。いい時代になったものだ。

場面は飛んで、(時系列や時間経過の説明は一切ない)

健太は神社でお参りしている。

巫女と出会う場面のためであり、健太が何を祈っているのか、神社に来た理由づけは一切ない

手水で清めてから、二礼・二拍手・一礼をしっかりと行う。

大学生の若い青年だが、かなり信心深いようだ。

この映画のテーマ性がぼやける場面。

主人公健太は、つらい過去を持つ苦学生。そんな彼が、神(=隆法)の教えに触れ、信仰に開眼する。それが本作の幹であるはずが、登場時から信心深さをアピールし、身を投げ出して人助けをする人物になっている。

最初から学びも成長もする必要のない、退屈な主人公として登場するのだ。そして実際に映画は退屈だ。

健太は、神社にいた巫女に既視感を覚える。思わず声をかけるが、けんもほろろに追い払われてしまった。

健太はアルバイトで学費を稼ぎ、大学へ通っている。睡眠時間を削っても手が回らず家賃も滞納していた。

のちのシーンで、健太の苦労が描かれる。

バイト先でこき使われて「こいつは親がいねぇからろくな人間じゃねぇんだよ!」と詰られる。

およそ普通の人間が口にしないようなセリフが満載なのも本作の魅力。

親友の大川宏洋(以下ヒロシ)が、割のいいアルバイトを紹介する。長野の避暑地にあるペンションで住み込みの仕事。

30万という高額に惹かれ、二つ返事で受ける。

ヒロシと健太は二人でペンションへ向かうと、神社で会った巫女がいた。同じペンションにバイトに来ていたのだ。

その後、トレンディドラマもかくやという手あかがついて地層ふかくに埋もれていそうな恋愛パートが進んでいく。

神社での、男女が出会い「どこかで会ったことある?」「ありません」(女は思わせぶりな挙動)その後二人は再会。

男がバランスを崩して、女に覆いかぶさり「変態!」「わざとじゃねぇよ!」と流れ作業でラブコメ要素を消化していく。

初対面の印象の悪さを拭い去るように距離を縮める。

三角関係をにおわせる2番手の女が登場。

嫉妬の炎を燃やしたはいいが、中盤以降姿を消す。無意味な存在ながら、トレンディ要素としてはかなりの存在感を発揮。健太を介抱する巫女を見ての、恨めしそうな顔は80年代を思わせる古さ。そして嫉妬を暴走させ、巫女にバケツの水をぶっかける。突拍子もない場面な上に、たっぷりとスローモーションで見せつけてくるので本作屈指の笑いどころになっている。

そんなこんなで幽霊騒ぎも収まると、

予告編でも大きな要素として出てきた幽霊の場面。ほぼ無意味である。

『ゴースト』のように幽霊を生かして恋愛ドラマを語るわけでもない。そもそもラブコメみたいな男女が出ながら二人の関係はメインではない。ヒロインじみた巫女さんは、ヒロインでもなんでもない。物語上、守る対象とか役割は全くなく、ただの説明要員だ。全力で生まれ変わり設定と、ヒロシの闇設定を解説し、エル・カンターレ(=隆法)の教えを説くためだけにいる。

幽霊のババァも出てきて、成仏するだけ。その過程で巫女が幸福の科学を解説するためだけの存在だ。

にしても、ババァ不注意で交通事故を起こし人の命を奪ってしまう。罪悪感を抱えながら病死し、幽霊としてペンションに取り付いている。

迷惑をかけて死んだ上に、死後も人に迷惑をかけるとは、つくずくはた迷惑なババァだ。そう観客が思っていると、巫女さんは優しく諭す。「神はすべてを愛しているので、あなたも許される」

まさに、神は人間が作ったを証明するような物言いだ。

特に徳のある行いや、許しを請うための務めなども一切なく、ババァは成仏していく。

そして、次の人生でお幸せになってしまうことだろう。

咎人猛々しい。

この勝手にセルフサービスで許される宗教活用術は『シークレット・サンシャイン』でかなりおぞましい場面として描かれていた。もちろん本作ではよきこと成仏していく。

この都合のいい教えだけなら鼻で笑いながら見られる。だが、ババァの轢いた男は実は、バイト先のペンションの息子で、その正体は、一緒に来ているはずのヒロシであることがわかる。

そのせいで、眉唾物の教えパートも、轢いた相手が自殺となるとなんだかよくわからない。そもそも許されるべき罪がなかったら許されたってことか。

もうちょっと観客に何を説きたいか整理したほうがいいと思う。こんなチグハグな説教じゃ出家する気にもならない。

そのあと幽霊騒動で、健太が生まれ変わりについて思いをはせて、亡くなった自身の家族の思い出を語る。

邦画お約束のながいながい回想。

そして、ヒロシが自殺した真相も、回想でご紹介。

邦画お約束のながいながい回想。(2回目)

なんやかんやで、

ヒロシが死んでいた事実に驚く健太。

ヒロシの父、ペンションのオーナーに話を聞くと。

オーナーの血筋は、闇の門を守る家計で、ヒロシには才能があった。

オーナーは虐待ともいえる特訓をヒロシに課す。

ヒロシは霊能力を持つばかりに学校でいじめられ、たのみの父は霊能力にしか興味がない。

心を病んだヒロシは自殺してしまう。

本作の一番興味深い(面白くはない)場面。ヒロシ(霊体)が半生を語る場面。そこには大川隆法の息子としての苦悩がうかがえる。

見えないものが見えるせいでいじめられた。

ヒロシ本人も霊能力があるとのこと

力になってほしいときに父はいなかった。

総裁はお忙しいでしょうね

霊能力を制御するために過酷な訓練を課された。

おそらく次期総裁としての教育が施されたのだろう。

ヒロシは死後。悪霊となって健太をバイトに誘う。実家に帰り、闇の門を開いて、世界をめちゃくちゃにしようとする。

それを察知した巫女もバイトに参加。

ヒロシは、門を開けるために霊能力を持った健太を利用しようと試みたが、

(無駄に長い平安時代の前世パートが挟まれ)平安時代の友情を思い出し、救えなかった少女たちの祈りによって浄化される

意味わかんねぇ。

意味わからんが、脚本家ヒロシのやりたいことは伝わってくる。

役者ヒロシとして、感情の起伏に富んだやりがいのある演技がしたい。そう思って設定したのだろう。

現にヒロシのキャラクターは、ドラマが凝縮された人物に仕上がっている。

平安時代に、身寄りのない子を育て上げたものの、権力者によって、子供たちを殺され、人間に、ひいては神に絶望する。(闇落ちするトゥー・フェイスみたいなことがやりたかったのか)

現代に生まれ変わり、闇の力に見いだされ、それを操れるように父親に拷問に近い訓練を施され精神を病んでいる。 (ヒロシと隆法の関係だと邪推すると興味深い)

平安時代の悲劇と、現世のイジメと父との確執がごっちゃになって、ヒロシの闇所がどこかよくわからなくはなっているけども。

一応主人公健太のほうも平安時代よりヒロシとつながりを持ってはいるものの、どちらかというと、話を回すための存在であり、まったくもってドラマ上のうまみがない。

ヒロシのほうは悲劇に出会い慟哭し、父子のかかわりで人間味を見せ、改心して涙を流す。喜怒哀楽に富み、役者としての旨味も一手に引き受けている。ここまで来ると脚本家と懇ろになっているんじゃないかと邪推されるレベルだが、本人が書いているんだから仕方あるまい。

ヒロシのワンマン映画と言われないためにスケープゴートにされたのかもしれない。

正気を取り戻したヒロシは父に謝罪。

父も、心を訓練することで力を制御してほしかったと涙をながす。

互いの本心を知り、ヒロシはようやく父と分かり合うことができた。

「生まれ変わっても父さんの息子になりたい」

涙の抱擁。

抱き合うリュウホウとヒロシ

原案である父隆法、脚本のヒロシの一番描きたかった場面ではなかろうか

父と和解し、ヒロシは成仏していく。健太は平安パワーで七支刀をかざし闇の門を封印する。

巫女が目覚めろというので、河でおぼれたことを思い出す。

健太も役目を終えたので、冒頭の河で溺れた場面にもどることに。(それくらいに必然性はなく、映画の都合程度にしか思えない)

病院で目を覚ます健太。河で溺れてから、1日しかたっておらず。ペンションでバイトなどはしていないことがわかる。

YUMEOCHI ― 夢落ち ―

川で助けた子が平安時代で助けた子の生まれ変わりっぽいけどこれまた必然性もドラマとして活きる要素でもない。

唐突な豆知識。

健太の目覚めを待っていた同級生の中に留学生がおり、唐突に英語で話しかけ、健太も英語で答える場面がある。

これは、登場したハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(ユニバーシティだが大学ではない)が国際教育に力を入れており、主演の梅崎快人も生徒の一人で、TOEICで高得点を出すほど英語が堪能なのだ。

もちろん映画としては、唐突な上に意味などあるはずもない。

退院の準備をしていたら、見覚えのあるチラシが風で飛んでくる。ペンションのバイト案内だ。

(尺の都合なので許容するしかない)

急いでペンションまで行く健太。

そこには店主がいた。そしてヒロシが生きていた。

ついでに水掛女もいる。ついでに幽霊ババァも生きていた。

どうやら転生の影響なのか、記憶があるらしいヒロシ。

健太とヒロシが抱き合って映画は終了。

時系列的に考えて、映画冒頭(健太がおぼれた日)の時点でヒロシは死んでるんだから、どんなに遡ってもヒロシは死んだままのはずだけど、フィーリングで生きていることになりましたとさ。さあ泣きましょう。

これだけ粗を論っても半分も紹介できていない。

まだ雑コラみたいな黄金ブッダとか、謎のキレ演技とか、説明セリフを持て余すベテラン俳優とか、見るべき点は山ほどある。

注目ポイントばかりなのに退屈なのは、要素が雑多すぎてまとまりがないせいだ。まだ一本の話がしっかりしていたほかのアニメの方が眠気は少ない。

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