『劇場版 艦これ』泣くよりも先に沈めてしまえ!

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『劇場版 艦これ』

2016・日

草川啓造

Filmarks 3.3

あらすじ:撃沈された艦むすが帰還。一方、海面が赤く染まる怪現象が起こる。

テレビシリーズではあまりのリアリティのなさに脳みそくらくらし、脚本家の前作『劇場版 ラブライブ!』みたいな悪夢描写が見れるのならばと、初日にユナイテッドシネマ入間で鑑賞。

ザックリと感想を

ものすごい普通でむしろ困る。

かなりの珍品を期待していたんですが、結構マトモな出来でした。劇場版ならではの迫力ある戦闘シーン。一応の筋道はあるストーリー。

もちろん、それほど感動を呼ぶような出来ではないので、一番困る感じの出来でした。

つまるところ、ファンならこの程度でもいいと思います。

話がある!

テレビシリーズの一番苦痛だった部分。話の無さ。目的の無さ。

本作では、遠征地が怪現象に飲み込まれるのを防ぐというわかりやすい目標設定がされている。

その上、遠征地なので、一般市民がいないことに違和感がなく、戦闘に集中できるようになっていた。

そして、撃沈されたはずの艦娘が帰還するというドラマも盛り込まれている。

テレビでは不明瞭だった。戦う目的が、しっかりと設定されている。

鈍重なお話

目標設定がされていはいても、話運びはテレビシリーズと変わらず鈍重。

怪現象が円状に広がっていて中心地へ向かうことが示されたと、延々と自体の説明。過去の回想などが続く。

独特のしみったれた雰囲気のなか登場人物全員が無駄な間をとりながら話すので必要以上に時間が長い。

目標がわからないのも辛いけど、目標があるのにそこに進まないのも本当に辛い。

そして、作戦が決行される場面になっても、なぜ今まで決行されなかったか説明はされない。尺の調整だろうか。

その死生観で涙は出るのか

劇場版ならではの設定で賛否が別れるところ。

艦むすの設定についてはテレビシリーズからふんわりとしていた。

本作では、艦娘の本質に関わる真実が明かされるけど、全く腑に落ちない。体験談を語る加賀さんも、もっとわかりやすく話してください。終いには「辛いのよ」とフィーリングで押し切ろうとしてくる。

そしてその設定と愁嘆場が矛盾を生む。

死生観がハッキリとしないままのベニクラゲが死んだって、涙できはしないでしょう。

感情的に納得しづらい設定なのに劇中では感情的に泣きわめくので白けるばかり。

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まとめると

ふつーにダメ。

もっと常軌を逸したアレな映画を期待していたけど、そこそこの見せ場と、テキトーな話がある凡庸なダメ映画だった。

↓ネタバレ感想↓

遠征先で深海棲艦殲滅後、轟沈したはずの如月が保護される。

迫力ある戦闘シーン。

合間に、気の抜けたロングショットとか、静止した爆炎とか気になるところもあるけれど、全然満足、大合格。

しかし、シナリオ上ほぼ無意味なのが残念。

後半の展開を活かすために、深海棲艦に心があるかのような描写とか、死を予感させる不吉さとかが必要だったはず。

なによりも、吹雪の分身をしっかりと印象付けるべきなのに、それもない。

唯一前振りっぽいのは、赤く染まった海域で艤装が損傷するという描写。

でも、それによって戦闘がドラマチックになったりはしない。

保護された如月は、仲間と、特に睦月との再会に喜ぶ。

しかし、体に不気味なアザができていて、それを見た長門は不穏な表情になる。

正直に言って少女の体が変質する類のお話は大好きです。

今回の遠征を全面的に任された長門。

彼女は如月の状態をみて、深海棲艦に変質し始めていると確信する。

今回は提督は登場しない。

これはかなりの英断。 『のんのんびより』じゃあるまいし、しゃべらないキャラクターなんてギャグ以外では通用しない。

できれば、小さい妖精さんも登場しない方が、シリアスな空気をしっかりと作れたはず。 ゲームに則しただけで、妖精さんがいるメリットなんで何一つない。

シリアスに耐えきれないデザインの島風が出てこないのもいい判断だけど、安倍晴明も出ない方がよかったと思う。

如月は日に日に弱っていく。アザが全身に広がっていき、さらには仲間の記憶も失い掛けていた。

一方、遠征地の周辺の海域が赤く染まる怪現象がみられ、その赤い海水に触れると艤装=武装が損傷することがわかる。

そして、その怪現象が見られたとき、何者かの声が聞こえ始める。

このとき、吹雪に赤水の影響が及ばないという設定が説明されるけど、彼女の特別性を示す以外は意味がない。

なんだかんだで、ほかの皆さんも赤水の中でそこそこ戦えるみたいだったし。

それにしても「かえりたい」って聞こえたときに、呼んでるとは言わないと思うんだ。

怪現象は同心円状に広がっていることがわかる。中心地に親玉がいるに違いない。

かなりサクサクと話が進むが、こっから一気に鈍重に。

ねちねちと艦娘新設定や、仲間がどうだの死んだらどうなるとか湿っぽい話で時間が止まる。

加賀は、如月の様子を見て、過去の“甦った”体験を想い返す。

一度轟沈したあと、深海棲艦なった。そしてその後、深海棲艦として艦娘に沈められたことにより、ふたたび艦娘として復活したのだ。

艦娘と深海棲艦の闘いは、沈んでは甦る、その繰り返しだった。

すべての深海棲艦は艦娘であり、いわば、仲間として復活させるために戦っていたのだ。

GANTZっぽい、まどマギっぽい。

加賀は、吹雪と睦月を諭す。

如月はこのまま深海棲艦になるしかない。そして、もう一度沈めば艦娘として復活することができる。

それを聞いて号泣する睦月。

え?泣くの?

今すぐにでも如月を〆ちまえば済む話じゃね?

泣くよりもまず沈めちゃいなさいよ。

そんな観客の心を代弁するようなセリフもある。

こんどの作戦は死闘になるだろうと緊迫する面々。

瑞鶴が、加賀に声をかける。「(沈んでも)また復活できるんでしょ」

加賀は不快感を露わにして「軽々しく口にしないで。とても辛いのよ」

完全に説明するのをあきらめている。

この設定はフィーリングでお願いしますと脚本家が頼み込むようなセリフ。

たとえばマクガフィン的に、その設定自体はお話を転がすためだけなら許すことはできる。

しかし、このふんわり設定で終盤これでもかと泣かせようとしてくるのにはついて行けなかった。

マリオの残機が減ったところで泣きはしないし、どうせドラゴンボールで生き返らせればいいやくらいの死生観じゃ涙を流す方が難しい。

GANTZでも似たような設定があるけど、それには絶望的な難易度が高いという設定があった。

本作の場合は、死んでも生き返れるけど、わりと辛い。くらいのフィーリング。

泣けるのか?

まあこの設定の悪さというより、話運びの悪さだと思う。

睦月が知らされる情報が、

一度沈んだら深海棲艦なってしまうことと、

そのあと沈むと艦娘として復活できること、

この二つを同時に聞かされてしまう。

ぼくのかんがえたあいであだと

加賀の思わせぶりな回想

長門などほかの人物から、深海棲艦になってしまうとだけ聞かされる。

睦月号泣。

加賀の体験談を聞く。

希望を持つ。

この流れならまだ理解できたと思う。

如月は、加賀と睦月が話しているのを聞いて、自分に起こったことを知ってしまう。

アザが広がるのに恐怖を覚える。

ありがちだけど、アザをこすって泣きじゃくるのは胸に迫るものがある。

でもこの場面セリフがない方がいいなとか。

何より、かわいそうだからさっさと沈めてあげた方がいいじゃないのとかノイズが多目。

それとは関係なく

長門が怪現象を止めるための作戦決行を発令。

別に、如月の変異を防ぐためとか、話がつながったりはしない。

作戦説明をバカ丁寧にする割には、わかりづらいとかアクションシーンでの位置関係に活きてこないとかはまあよしとしよう。

しかし、説明のイメージ映像でチュドーンて効果音使うのはふざけてるとしか思えない。

仲間たちは敗退する中、吹雪たちは隊を進めるべきか決断を迫られる場面。

ここで花田先生らしい安易な話運び。 吹雪に決断をさせるためだけに、分隊長が優柔不断になっている。

名前も憶えてないけど、戦闘中に「どうしよう、どうしよう」とか言っている。 かわいそうに花田先生に犠牲を強いられてしまったのだろう。無理やり無能のふりをしているように見える。

元々こんなキャラなんですかね?

だとしたら花田先生ごめんなさい。

また終盤から予算が尽きたのがわかる。

止め画が多くなり、作画も崩れ始め、おそらくテレビからの流用もある。

そして、ロングショットになると、落書きみたいな簡素な画になる。

その上、波が立っていないので海がブルーシートのよう。

もちろんそれほど長く映るわけでもないが、かなり物悲しいカットが多い。

みんなが凛々しく戦っているとき、足元に波が立っていないので、水面に浮いているのではなく、水面に直立している状態のシーンもあった。

苦戦しながらも、吹雪たちは中心部へ近づく。

赤水の影響とかは別に関係ない。なんとかなった。

中心部付近では深海棲艦の大部隊が待ち構えていていた。

激戦のなか、睦月が沈みかけたとき、深海棲艦になりかけた如月が駆けつける。

正直アガる展開。 ワンミニッツレスキュー感があるけど、やっぱり設定の詰めが甘いため、お前は今どういう状態なんだ?とノイズが残る.

ここからのイメージソング

激闘の末、吹雪は中心にたどり着く。

そこに待ち構えていたのは、吹雪の分身だった。

かつて吹雪は、轟沈、復活を繰り返し、その魂が分裂して、一方は今の吹雪として帰還し、片割れは沈んだ際の怨念を蓄積して深海棲艦となっていたのだ。

深海棲艦となった吹雪が登場するが、ただの新キャラ。

最初の戦闘で印象づけるとか気の利いたことはしていない。

この場面、ビジュアルに新鮮味がないとかはいいとして、

説明台詞が長い。

前振りの時点で大体のことは予想通りなのに、丁寧かつまどろっこしい説明が続く。

そして結論もよくわからない。

怨念じゃなくて希望だったからOKって理屈もわからないし。

中盤、大和とそんな会話をしていた気もするけど、伏線というにはふわふわしすぎ、 吹雪がその会話を思い出すのに何のきっかけもないので、結局、塩梅というかフィーリングにしか思えない。

ベタだけどお守り的アイテムをもらっておくとかねぇ。なにか一理屈ほしい。

吹雪は、片割れの自分自身と、いい感じになって調和して一つになる。

それとともに、怪現象も納まり、戦いは終わった。

雰囲気を察して、如月も睦月に別れを告げ、朽ち果てるように姿を消す。

別れ際、睦月は号泣する。

なぜ泣く?また会えるでしょうよ。なぜそこまで君は涙するのか。

むしろポジティブに見送ってあげるべき。

それと長門さんたちってちゃんと戦ってたっけ?

そしてエンディングへ。

テレビシリーズのエンディング曲のイントロが流れるのには悔しいがぐっときた。

エンドロール後

睦月が如月と再会する。

だろうね。そうなるだろうね。

で、泣くべきなの?

結局、劇中の人物も、脚本家も、観客も、誰一人として艦娘の命のサイクルについては理解できていなかったと思う。

せめて睦月が号泣せずに、毅然として「俺が必ず見つけに行く!」って決意を見せてくれれば共感できたかも。

あれだけ、今生の別れみたいに泣きわめいといて案の定再会してたら、感動するのなんてバカらしい。

総じてゆるゆるの話と、劇場版ならではのそこそこ迫力ある映像。

一映画として見ると、そこそこダメな映画だった。

花田十輝フリークとしては狂気が足りない。

艦これテレビシリーズを見た身としては、テレビよりは100倍良い。

くらいの感じ。

もっと『劇場版 ラブライブ!』っくらいに狂った映画を期待してたんだけど。

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