『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』帰ってくるまでが、魔法の旅です。

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『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』

Fantastic Beasts and Where to Find Them

2016・米

デビッド・イェーツ

IMDb 7.9

Rotten Tomatoes 77%

あらすじ:パン屋を開くために資金を集めよう。

ハリー・ポッターにはそれほど愛着は無いけれど、予告編にほだされて、初日にユナイテッドシネマ入間で。祝日という事もあってほぼ満席でした。

ザックリと感想を

Fantastic!

まさに素晴らしく、幻想的なファンタジー映画でした。

ハリー・ポッターシリーズとは時代設定が異なるため、“魔法使いがいる世界”とだけわかっていれば問題ないと思います。

新シリーズの1本目だけあって、初めて魔法に触れる喜びを堪能できます。仕切り直しした意義をひしひしと感じました。

後半の展開に少し無理がある気もしますが、おそらく長期シリーズかしていく大作としては仕方がないのでしょう。

とにかく、ハリポッター1作目の魔法商店街に来た時のような未知の世界に出会う高揚感が素晴らしかったです。

初めて魔法に触れる喜び

ハリー・ポッター1作目でしか味わえなかった驚きと興奮に満ちていた。2作目以降は、あまりに魔法が当たり前すぎて、シリーズを重ねていくたびに感動が薄れていったが、本作は仕切り直しした意義が十分にある。

主役のニュート・スキャマンダーはもともと魔法使いのため、魔法はただの日常だ。

そこで登場するのが、完全な一般人、英国ではマグル、米国ではノーマジと呼ばれる魔力の無い人間ジェイコブ。彼が騒動に巻き込まれることによって、未知の世界に触れる感動を観客と共有できるようになっている。

演じるダン・フォグラーの演技が本当に楽しい。いろいろな魔法生物に驚き戸惑い、なにより嬉しそう。

観客と全く同じ目線で魔法世界を紹介してくれる素晴らしいキャラ造形だった。

もはやジェイコブが主人公で、ニュートの方が騒動を巻き起こすトリックスターみたいな状態。

大きな物語と小さな物語

今回は、それほど大きな物語ではない。予告編で察せるように、逃げ出した魔法生物をつかまえるおいう小さな物語だ。

しかし、今後のシリーズ展開を想定しているため、そこに魔法界を揺るがす大きな物語が同時に描かれる。

本来であれば、この2つの物語が上手いこと絡み合うはずだ。『ズートピア』で言えば、連続失踪事件の謎という小さな話と、種族間断絶という大きな話が因果関係も含めて関連していたように。

だが本作はあまりうまく言っているとはいい難い。ニュートの魔法生物が逃げることと、大悪党の暗躍は全く関連がない。

それだけならまだしも、中盤、あからさまに無関係なふたつを無理やりこじつける場面があるのはかなりキツイ。

構成としても関係が無いので、捕まえ終わったシーンと、全て解決するシーンが30分ほどズレているので感動がリセットされるような感覚がある。

1本の映画としてはまとまりがない感じ。

今回は導入だけにとどめて、魔法生物を捕まえるだけにして、あとはネタ振りだけにした方が、小じんまりとしていい話になったと思う。

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まとめると

一番の魅力であるファンタスティックビーストたちを観ているだけで楽しいし、何よりもそれを間近に観て感動しているジェイコブを観ているのが愛おしくて仕方ない。

ラストではそれをひっくり返す苦めのオチがつくけどそれは好き嫌いの部類かな。

そこについては文句たらたらだけども、ジェイコブを観ているだけでお釣りが来るほどの傑作だった。

↓ネタバレ感想↓


舞台は、1926年 第一次大戦終結から数年、禁酒法時代のアメリカ。

映画で言うと、この少し後が、『アンタッチャブル』

アメリカ魔法省では、逃走中の闇の魔法使いグリンデルバルドを探していた。

後姿だけ映る。まさかこの刈り上げが伏線だったとは。

それとは無関係の

一方、イギリス人魔法使いニュート・スキャマンダー(エディレッド・メイン)がアメリカにやってくる。

この場面は、自由の女神の映像から始まる。アメリカの玄関口、移民局のあるスタテン島。

トランプ大統領はさておいて、世界が憧れる自由の国、多様性の国アメリカの象徴と言える場所から物語が始まる。

本作でも、近年ハリウッド映画描かれている多様性をテーマにしていると思われる。

ニュートがはじめてのアメリカに浮ついていると、大きな銀行の前に人だかりを見つける。

セイラムの救世軍と呼ばれる団体が演説をしている。魔法使いが人間を脅かすと説いていた。

魔法使いの存在は伏せられている。しかし、“ノーマジ”と呼ばれる普通の人間たちにも存在に気づき始めたものがいるようだ。

ニュートが演説を聞いていると、彼と同じようなトランクケースを持った男、ジェイコブ(ダン・フォグラー)が通り過ぎる。

その時、ニュートのトランクから魔法生物が逃げ出して、銀行の中へと入っていってしまう。

ここで観客全員がトランクを取り違えるに違いないと確信する。

でもそんな予想を逆手に取ったよう演出がある。

まずジェイコブがニュートのトランクに躓いて、自分のトランクを落とす。入れ替わった!と思いきやここでは入れ替わらない。そのあとジェイコブが銀行のロビーで待っていると、ニュートがとなりに座る。今度こそ入れ替わる、と思うとまた違う。

単なる予定調和に、小気味いハズしを入れることで、ただの予定調和で終わらせず、いつの間にか入れ替わることを期待させるようになっていて非常に楽しい。

ニュートはなんとか魔法生物を捕まえるが、その様子を銀行に来ていたジェイコブに見られてしまった。

ジェイコブは気が動転し、さらにニュートの挙動不審な様子を見て逃げ出してしまう。

ニュートは、ノーマジに魔法を見られ、さらに記憶も消さずに逃げられてしまった。

それを、魔法省の魔法使い、 ティナ(キャサリン・ウォーターストン)に見られていたため、逮捕、連行されてしまった。

ティナは、映画全編で不可解な行動が多い。

この場面でも理由も明かされないまま、目をひん剥いてニュートの様子をうかがっていて、ことが終わってから出しゃばってくる。

なんだか、お話を先に誘導するためだけのキャラクターみたいだ。

ジェイコブの方は、かなり人物描写がしっかりとしている。銀行で融資を受ける査定のためという自然な流れで人間味が垣間見える。

徴兵され帰国後、缶詰工場での鬱屈した仕事に従事していた。融資を受けて、パン屋を開店したいと計画している。祖母のレシピを使ったドーナツが目玉商品だ。

パンだって工場生産できる時代だと、融資は断られてしまう。

この場面だけで、ジェイコブのいい人ぶりと、置かれている状況がすべてわかる。祖母の思い出を大事にしている好人物で、なにより、人の楽しみのために食べ物を提供したいと考えている。

食べ物を与えてくれる人に悪い人はいない。

ティナに連れられ、ニュートはアメリカ魔法省へ。

アメリカの魔法省のビジュアルが素晴らしい、吹き抜けに巨大な時計が宙吊りになっていて、2Dで見ていても3D効果を感じるほどの奥行き感だった。

ティナは、ニュートの魔法生物が、最近起きている怪事件に関連があると思い、ピッカリー議長(カルメン・イジョゴ)に合わせる。しかし、取り込み中だと門前払い。

ピッカリー議長は、単独ポスターがあるくらいの扱いだけど、劇中では話を聞かずに自分の意見を通すだけの、グズ。ろくなことをしない。

映画に出てくる無能のアーキタイプといった行動しかしない。

議長に追い返された二人に声をかけてきたのは、グレイブス(コリン・ファレル)。怪事件の捜査の責任者だ。

グレイブスは、ニュートの魔法生物に興味を持ち、トランクを開けてみる。

すると中身は、ドーナツだった。ジェイコブのトランクと入れ替わっていたのだ。

ミステリー映画ではないので、コリン・ファレルがあからさまに怪しいのも、露骨に刈り上げなのもご愛嬌の範疇。

そんなことより問題なのは、この時点でグレイブスは何がしたかったのか。ニュートに冤罪がかけられると本気で思っていたのか。

結果として、運よくオブスキュラスを持っているというのは都合がよすぎるように思う。

ニュートとティナはあわてて、ジェイコブを探す。

するとすでに、ジェイコブはトランクを開けていて、魔法生物に暴れ出し、家が壊滅。何匹かの魔法生物は逃げ出してしまっていた。

何とかジェイコブを救い出して、家も修復。

魔法生物に咬まれたジェイコブを看病するため、一時ティナの家に連れ帰る。

家には、ティナの妹クイーニー(アリソン・スドル)がいた。彼女は心を読む魔法の使い手で、ジェイコブを見るなり一目で気に入ってしまう。

クイーニーの場合、人物描写と言うより、演じるアリソン・スドルの雰囲気と、心を読む魔法と言う設定勝ちな部分が大きい。

心の中をのぞいて好意を持っている。彼女がいいと言えばいい人。そして心を見透かした上で、好きになったら気持ちに間違いないんだ。

さらには引き合いに出される職場の男が伏線になっているのもうれしい。

クイーニーはジェイコブの心を読み、朝から何も食べていないことがわかり、夕食をご馳走してくれる。

いろいろな 料理をふるまってくれる。ジェイコブも絶賛。食事を与えてくれる人に悪い人はない。

後々、一緒にパン屋を切り盛りしていく雰囲気も伝わってくる。

ニュートとジェイコブは、ひとまずティナの家に泊まることに。

そのあとも、クイーニーが寝る前の温かい飲み物をふるまってくれる。彼女のいい人ぶりと、それを放置するニュートの人でなしぶりがわかる。

ニュートは、咬まれたジェイコブに薬を調合するため、トランクの中に入る。その中は人が入れるだけでなく、さまざまな魔法生物が息づく箱庭のようになっていた。

すごいドラえもんっぽい。

ここからのトランクの中の場面が超絶名シーン

長回しで、さまざまな魔法生物たちの様子、部屋ごとに代わる季節感や、目まぐるしく変わる奥行など遊び心に富んだ楽しい場面になっている。

そしてそれを見て感動するジェイコブ。

ニュートだけでなく、“それを初めてみる人”の視点が入っていることにより、観客と登場人物の感情が一致する高揚感も手伝って素晴らしい感動を与えてくれる。

後半の展開とか、いろいろ文句のある映画だけど、このシーンだけで傑作と言い切れる。

文句と言うか気になる点は、種の保存とか言ってたり、食物連鎖に任せるままだったりと、ニュートの方針がよくわからないあたり。

ニュートは、ジェイコブの治療を終えると、二人で逃げた魔法生物を探しに行く。

何とか全ての魔法生物を回収し、トランクの中に戻す。

ティナは二人が居なくなったのに気付いて町に探しに出る。

ニュートとジェイコブがトランクの中にいるうちに、ティナはトランクを魔法省へと運ぶ。

魔法省では会議が行われていて、一連の怪事件でついに死人が出た。

怪事件の原因は、オブスキュラスと呼ばれる魔法使いの負の感情が生み出すエネルギー。

この時点では、ニュートがオブスキュラスを持っていると知っているのはトランクに入ったジェイコブだけのはずなのに、察しのいい無能議長はニュートに嫌疑をかける。

魔法生物と言えばこいつのせいってことか。

なぜかニュートに容疑がかかる。

この時点で、一映画としては、かなり話がガタつき始める。

話しのトーンが変わるだけでなく、いったん仕切り直ししたような失速感がある。

魔法生物はすべて回収して話が終わっている。

すべて回収とか言いながら、逃げ出す場面にいた、透明になれる奴がいない気がする。

怪事件と何の関係もないのにティナがその会議に出しゃばってトランクを持ち込む。

そして無能な議長が“都合よく悪い方へ”話を運んでくれる。

あまりの超展開にくらくらする。

セントラルパークのシーンから雨のシーンまでカットしたほうが話が分かりやすいくらいに意味不明だった。

その後の処刑場面も不可解だ。

処刑される人の記憶をさかのぼるようなことを言いながら、なぜだか知り合いの現在とリンクして、存在を察知されるとか。

かなり話運びのためだけの場面が延々と続く。

たしかに、暗躍していたグライブスが誘導していた節は説得力がありそうだけど、ニュートがオブスキュラスを持ってるっていつ知ったんだ?

そんな矛盾よりも、いくらなんでも議長が話を聞かない無能すぎる。80年代刑事アクションの上司みたいだ。ラストでクビになったりしない限り腑に落ちないぞ。

クイーニーとジェイコブの奮闘により、ニュートは脱出。

ティナの知り合いがオブスキュラスの発生源だと気づき探しに行く。

あとついでに、魔法生物の忘れてた分を回収。

マジで本当に、忘れてたって言うとは思わなかった。ここまで露悪的な展開だともう許すしかない。

でも本当に、この映画での話っぽい話は終わってしまった。

後はついでみたいに裏で進んでいた魔法界を揺るがす事件を解決する展開しか残っていない。

そしてそれはあまりにも魅力に乏しい。

それと情報屋に会いに闇酒場に行くとか、禁酒法時代っぽいけど無意味な場面があったり。

オブスキュラスの発生源であるクリーデンス(エズラ・ミラー)はすでに、人の形を成していなかった。

黒い霧のような不定形の姿。

ファンタスティックじゃない! 前のトランスフォーマーでも見たし、ベイマックスでも見たし、スーサイドスクワッドでも似たようなのやってた。

真犯人がクリーデンスってのは意外でよかった。

あからさまに怪しいエズラ・ミラーじゃないはずと思わせといて、オブスキュラスは幼い魔法使いが持ってしまうと説明し、幼い少女かと思わせといて、結局エズラ・ミラー。素直にだまされた。

グレイブスの鮮やかな手のひら返しとか、展開の雑さがオモシロ領域にまで達し始める。

グレイブスは、強大なオブスキュラスの力を持って、魔法使いの存在を明るみにしようとたくらんでいた。しかし、クリーデンスとは仲たがいしてしまう。

それにより、さらに話は混乱する。

落ち着かせようと説得するニュートたち。

たきつけて、力を貸すように言うグレイブス。

善悪のどちらに傾くか、っていうか、グレイブスはいったん失望させているから、今はどこが争点なのかいまいちわからない。

結局。魔法省の手練れたちが集結して袋叩き、クリーデンスは倒される。

それを見たグレイブスは怒り出す。クリーデンスの力があれば、魔法使いの力を示し、人間たちへ存在を知らしめることができたはずだと。

クリーデンスが死んだのは痛手だけど、なんでまだばれてない正体明かすような真似をしているのか。

案の定、正体をさらす結果に。

ニュートたちと魔法省の面々に囲まれ、なすすべのないグレイブス。魔法を解いてみると、その正体は、グリンデルバルド(ジョニー・デップ)だった。

ジョニー・デップなのは驚いたけど、正体は刈り上げでバレバレ。

オブスキュラスが消え去り、グリンデルバルドは捕まった。事態は収束したが、町の多くの人に見られてしまった。

町中の人に忘却の魔法をかけるため、ニュートの魔法生物に魔法の薬を空まで運ばせ雨を降らせる。そして雨のなか魔法使いたちが建物を修復していく。

魔法によりビルの鉄骨が編み込まれ復活していく。

ワールドトレードセンタービルが出来たのは1960年代だから全く関係は無いんだけど、 魔法の力でビルが修復されていくさまを見るとなんだか切ないものがある。

そして、議長の命令通りにジェイコブも雨に打たれて記憶を失う。

自ら雨に打たれるジェイコブ。

自分がどうしたいとかではなく、ニュートたちが困らないように、進んで記憶を捨てに行く、いたたまれないくらいいい人だ。

記憶をなくしたジェイコブは、工場勤務に戻っていた。

するとニュートがぶつかってきて、トランクをすり替える。中には、魔法生物の卵の殻が大量に入っていた。銀でできた高価なものだ。

手紙が添えられていて、これを担保にパン屋を開業してくださいと書いてあった。

担保とは言わないんじゃないかな。売れば金を借りる必要ないし。

その後、ジェイコブは無事に、パン屋を開業。活気のある店先に従業員募集の張り紙がある。

そこにクイーニーが訪ねて来る。

終幕。

おそらく、二人でパン屋を切り盛りしていく素敵な展開なのでしょう。めでたしめでたし。

しかし、納得できない。

魔法の物語は終わったから現実に帰りやがれ!

ジェイコブの記憶がきえたときは、そんな突き放された気持ちになった。

恋愛関係なんてどうでもいい。パン屋が成功したって満足できない。

この世界には魔法があって、それに触れて感動して、一緒に冒険した、あの記憶はないんだよ。

もうジェイコブは一生パン屋なんだよ。

続編で、記憶が戻る展開もあるかも知れないけど、現段階では絶望しか感じなかった。

演出の微妙なさじ加減だとは思う。 まったく記憶がない状態から、魔法生物の形のパンを作り始めるなら、今後もどんどん記憶が戻っていく感じがするけど、

もうすでにパン屋に魔法生物の形が並んでいるのを見ると、頭の中のアイディアどまりで、これ以上は記憶が戻らない感じがして、悲しくて仕方がない。

『X-MEN: ファイナル ディシジョン』のマグニートーみたいに、これから徐々に戻っていく感じがほしかった。

ジェイコブに感情移入して魔法世界を堪能してただけに梯子を外られるようなオチ。 『未知との遭遇』でいえば、ロイが宇宙船から放り出されたみたいな切なさ。 この切なさは嫌いではないけど、かなり辛い。

映画を見終わった観客の読後感みたいなものとジェイコブの記憶は同じものと言える。それをなかったことをにされては、気持ちのやり場がみつからない。

童心に返ろうとわくわくして映画を見にきたら働けと説教された気分。

物語が終わり、現実に戻るという展開は王道的だけど、ここまでお土産を取り上げるような終わり方も珍しいと思った。