【ネタバレ】 『カーズ/クロスロード』成長させるヤツが違う。

世界観にノリづらいという、ネタバレ無しの感想はこちら

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思い返すほどに違和感が大きくなる気もする。

演出のうまさと、伏線回収のうまさは抜群。

ただテーマ的なまとまりから考えると、ラストで成長させるのは、ストームの方だったと思う。そんな結論です。

マックィーンが復活をめざしてトレーニングに入るまでは、別段違和感のない展開だった。

順調にレースを勝ち進むマックィーンだったが、次世代のレーサー・ジャクソン・ストームに追い抜かてしまう。

仲間は引退し、自身も引き際を意識焦る。

ピットインでの不完全なままスタート、その結果、車体のふらつきからクラッシュ。

ふさぎ込んできたが、ラジエーター・スプリングスの町の仲間たちに励まされ復活を決意。

ここは、初代カーズらしさを感じるいい場面だ。

ここまでの展開から、クラッシュのトラウマを克服する話かと思いきや、そんな安易な展開ではなく、引退、老いに真正面から向かい合う話が始まる。

あたしい訓練施設へ向かうマックィーン。そこでトレーナーのクルーズ・ラミレスと出会い。 訓練を重ねていく。

最初のうちは、リラックス方法や、ウォームアップばかり指示してくるクルーズに嫌気がさし、最新鋭のシミュレートマシンをためすが壊してしまう。

てっきり、クルーズが意図的にリラックス方法を教えて、ベスト・キッド方式で気づかぬうちにためになっていたのを実感する展開かと思いきやそんなことはない。

マックィーンがシミュレートマシンを壊してしまう流れも、原因が不明。話の流れを作るためだけのシーンのように思える。

クルーズを訓練に同行させていると、彼女がレースの技術がまるでないことがわかる。 走りづらい砂地とはいえ、トレーナーなのにそんなことがあるかとここも違和感を覚える。あとあと彼女はレーサー志望だったと発覚するが、その点からもおかしな設定だ。

そばで並走しないと速度が図れないというのも、彼女が意図的に、マックィーンに基礎を意識させようとしているのかと思った。 がそんなことはない。

草レースに参加する展開も唐突。 今回のピクサーの技術ポイントとしては自然な泥の表現らしいけど、そこまで必要な場面とは思えない。でもあとあと終盤れこのレース結果の話題や、知り合った車たちが再登場するので結果的に意味があったように思わせるのはうまい回収の仕方だ。

クルーズが実はレーサーの夢をあきらめたことがわかる。最初からトレーナーになりたかったわけではない。レーサーになりたかったけど駄目だった。

マックィーンの老いも含め、資質を問う物語としてはグッとくる場面だ。でもこれもラストでひっくり返される。

師匠の、ドックのそのまた師匠スモーキーに会いに行く。 父は死んだが祖父は生きているというような設定。人間ならまだしも、死生観があやふやな中でこうなると、なぜドックは死んでスモーキーは長生きしているかはわからない。もちろんポール・ニューマンのことを考えるとわかるが、作品内では理屈を説明しようとはしない。

隠居生活を送っている元レーサーたちとの交流や。訓練シーンはいい場面だ。森で月明かりの中走っていると、塗装が剥げていって元の姿に戻るところは画面の美しさも相まって素晴らしい。 でもオチから逆算するとこのシーンの意義がわからなくなる。

マックィーンは、レース前の最終調整でクルーズに負けてしまう。

自信を喪失したまま、レースに参加。

1週走ったところで、レースに出るべきなのは、夢をあきらめクルーズだ気づく、2週目以降をクルーズに任せる。

クルーズは、マックィーンのアドバイスを聞きながら、ともに受けた特訓の成果を発揮し、優勝する。

ストーリーの根本を覆すような展開だが、今までのシーンから要素をかき集めたかのようなレース展開はさすがだ。

でも、数日の特訓で、レーサーを断念してたのに優勝だなんてどんな理屈だろうか。

クルーズの目に見えた欠点フォーカスして、それをマックィーンが取り除いたような展開ならわかりやすかった。しかし、クルーズの挫折はそれほど明確なものではない、なぜ諦めたのか、その諦めた原因が取り除かれたのかもよくわからない。

この映画の予定調和として、マックィーンが現役を引退して、クルーズに託すという物語なのは理解できる。

しかし、なぜわざわざ選手じゃなくてトレーナーとして出てくるのか。トレーナーなのに素人以下の技術だったのか。

マックィーンが1周走る意味はあるのか。 いろいろとノイズが多くて素直に感動はできなかった。

何より、ちょっと頑張っただけで勝てたみたいな雰囲気がぬぐえず。ブラッド・バード映画のような、才能がある人は才能が有るので大丈夫みたいな結論に見えてしまった。

暴論というか妄想。

クルーズのような優等生キャラクターではなく、ジャクソン・ストームを指導すべきだったはずだ。ストームは、新人レーサーでいきがっていて、周囲に敬意を払わないいけ好かないやつだ。一作目のマックィーンの生き写しだと言っていい。そんな合わせ鏡であるストームと向き合うことで、師匠であるドックの真意を知って、意思を継ぐという展開の方が、わかりやすかったと思う。

そもそもクルーズは優秀なトレーナーとして登場して、成長の余地はさほどなかったはず。レーサーをあきらめて、トレーナーとしてしっかりと別の道を歩んでいるキャラクターだ。

それなのに、レーサーをあきらめたトレーナーを、レーサーをあきらめて別の道を歩み始めたマックィーンがレーサーにするなんて、ちょっと腑に落ちない。

過去の自分と同一視できるストームを成長させてこそ、真の意味での継承ができたのではないか。

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