『イレブン・ミニッツ』こんな禄でもない映画以下の粗末な存在の我々。

11minutes

『イレブン・ミニッツ』

11 Minutes

2015・ポーランド・アイルランド

イエジー・スコリモフスキ

IMDb  5.8

Rotten Tomatoes 67%

あらすじ:午後五時を過ぎた。

ザックリと感想を

11人の登場人物たちの11分間が平行に展開する。その前情報だけを聞いて、なんだかスピーディな群像劇なんだろうなーおもしろそうだなーと思って見にいきました。

よくも悪くも期待を裏切られましたね。まったくエンターテイメントしていない。あとあとからイエジー・スコリモフスキ監督だと気づき、そういえば『エッセンシャル・キリング』も一見おもしろそうなアクション映画らしいプロットでかなり観念的な映画だったと思い出しました。

明確なストーリーはありませんが、90分弱のたいとな語り口と技巧を凝らした演出で最後まで飽きずに見れます。

そしてそのラストに唸るか唖然とするかそれを楽しみにするのもいいでしょう。そのどちらも監督の狙い通り。膝を打つか舌打ちするかの2択になるかと思います。

11分の時間、11人の登場人物。

これがうまいこと絡み合うわけでもない。むしろ『マグノリア』のような恐ろしいオチが待ち構えている。

にもかかわらず『マグノリア』ほど明確にドラマを示してはくれない。かろうじて置かれている状況は理解できるものの、どこか抽象的で汲み取るしかない人間模様。お話としてあまり興味を引こうとしてこない。

冒頭で大事件が起きたりはしない。ミステリーのように、謎を配置したりもしない。ただただ映っている人々の顛末を観察するばかり。

感情移入ではなく観察。

観察していくということ自体がテーマになっていると思う。

冒頭で様々な種類の映像が映し出される。スマートフォンで撮った映像、スカイプのカメラ通話、監視カメラ、取材カメラ、ビデオメッセージ。今の世の中は映像で溢れている。

この映画に登場する人間たちも、この映画自体も、そして最後まで見ると、観客の我々もその数多ある粗末な事象の一つでしかないことがわかる。

老練な演出。そして老練な皮肉。

本来は無関係な登場人物たちを、群像劇として関連性を持たせるべく演出手腕を発揮している。老練な監督の行き届いた演出と編集。

ふとした会話の中でのちのち重要な意味を持ってくる“ビルの高さ”を意識させるのはかなり練られたシナリオ。

そうして綿々と積み重ねていったものを最後に破壊するようなエンディング。

いろいろな人間模様が、煮え切らない形で描かれるのはこの最後のカタルシスをよくも悪くも強調している。

そしてそれが、快く思えようと不快だろうと、それは監督の意図通りといえるだろう。

強烈な皮肉に痛快さを感じたり、あまりの理不尽さに怒りを覚えたりする。意図はしっかりと受け取ったうえで好き嫌いのわかれるエンディングになっている。

意図された退屈な話。

かなり練に練られたテーマ性を持ってはいる作品。

ただしこの映画、意図して禄でもないしょうもない映画を目指して作られているので退屈に感じる場面は多い。

技巧を凝らした演出編集によってなんとか見続けることはできるものの、ただでさえ魅力的でない人物たちの、まったく魅力のない話をさらに各々が時間を分け合って引き伸ばされるのでかなり苦痛に感じた。

劇場内でも眠る人、しきりに時計を確認する人が多かった。

つまるところ、11分で済む話だろって感想。

まとめ

短い尺の退屈な話。すべてを吹き飛ばすエンディング。見れば何かを受け取れるはず。おもしろいかどうかより、その皮肉が気に入るかどうか。

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